七五三の由来と意味?その時期と千歳飴のはじまりは?

   

もうすぐ七五三の時期ですね。

今年七五三を迎えられるお子様がいらっしやる方、
七五三のお祝いおめでとうございます。

知人から、3歳になった娘から、「七五三はなんでやるの?」と聞かれて、
答えられなくて困ったそうです。

七五三の時期には、理由もわからず何も考えずに、
写真撮影をして、お参りして、食事会をしてなどの七五三のお祝いを
している親が多いとの話も聞きます。

そこで、今回は「七五三の由来と意味」についてのお話をしますので、
ご参考にしてください。

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七五三の由来と意味

七五三の由来は、諸説ありはっきりしたことは分かりませんが、
平安時代(794~1185)、もしくは室町時代(1338~1573)
にまで遡ると言われています。

また、七五三の7歳、5歳、3歳の年来の由来は、平安時代の
「髪置(かみおき)」「袴着(はかまぎ)」「帯解(おびとき)」という
儀式だと言う説があります。

◆「髪置(かみおき)」(三歳の男児・女児)
 3歳になった男児・女児の両方が行った儀式です。

 この時代、3歳になるまでの男児・女児の髪は剃り落としていました。

 3歳になると髪置の儀式にて子供達は髪を伸ばすことを許されました。
 髪置の儀式は、その子供が将来白髪になるまで長生きするようにとの願い
 を込めて、今後の成長を祈願する儀式です。 

◆「袴着(はかまぎ)」(五歳の男児)
 5歳になった男児のみが行った儀式です。

 5歳になった男の子が人生で初めて紋付の羽織、袴(はかま)を着付けて
 今後の成長を祈願する儀式です。

◆「帯解(おびとき)」(七歳の女児)
 7歳になった女児のみが行った儀式です。

 この時代、7歳になるまでの女の子は付け紐を縫い付けた着物を着て
 いました。
 
 7歳になるとこの付け紐を外して、大人の女性が着ける帯を締めること
 を許されました。
 女の子から女性としての、今後の成長を祈願する儀式です。

現代と違い、幼児の死亡率が高かった昔は、3歳、5歳、7歳の節目の年を
迎えることを祈ると同時に成長し迎えたことに感謝する儀式だと言う説も
あります

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これら七五三の由来は、もともとは宮中や公家の行事でしたが、子供の成長
の節目を祝う行事だったのが江戸時代から子供の成長を願い、神社にお参り
する行事へと変化し、明治時代に現代の七五三の形になりました。

七五三の時期の由来

七五三の時期が11月15日の由来ですが、
将軍徳川家光の四男である徳松(後の将軍、綱吉)が、虚弱体質だった
ことから、11月15日に健康を願ってのお祈りをしたところ、徳松が
すくすくと成長したことから七五三を11月15日として広まったと
伝えられています。

また、七五三は、11月15日に行われますが、旧暦の15日は、
宣命歴という暦上の二十八宿で鬼宿日(鬼が出歩かない日)という
大吉日にあたります。

また、旧暦の11月は秋の実りを神に感謝する月でしたので、
その月の満月にあたる15日に、氏神に収穫の感謝をすると共に
子供の成長の感謝と祈願をしたと伝えられています。

明治時代以降は新暦の11月15日に行われるようになりました。
しかしながら、現在では11月15日にこだわらずに、10月から11月中
のいずれかの土・日・祝日に行なうことが多くなって来ています。

七五三の千歳飴の由来

七五三の千歳飴の由来ですが、2つの説があります。

江戸時代に浅草の浅草寺で、飴売りの七兵衛が、紅白に染めた棒状の飴を、
長生きするようにと長い袋に入れ「千年飴」「寿命糖」と名付けて売り出し
たのが始まりとする説。

もう1つは、1615年、大阪の平野甚左衛門が江戸に出て売り始めたと
いう説。

また、「千年飴」が「千歳飴」に変わったとも言われています。

親が自らの子に長寿の願いを込めての飴を七五三を祝う子供たちに持たせる
ようになりました。
当時は「千年」と言う言葉が「長い」・「長生き」・「めでたい」などの
意味とされていたようです。

まとめ

今回は「七五三の由来と意味」についてのお話しをしました。

もしも、お子さんから、「七五三はなんでやるの?」と聞かれたら、
今回のお話を参考にして、教えてあげてください。

今回のお話が、お役に立てたら幸いです。

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